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2009.06.08  Cartier  ジャンヌ・トゥーサンを偲んで

1995年に東京都庭園美術館でのカルティエ展へ行った。
【The Art of Cartier フランス宝飾芸術の世界】と題しての展示だった。
今年2009年は東京国立博物館での開催だった。
【Story of....カルティエ クリエイション めぐり逢う美の記憶】がテーマであった。
それぞれにみせ方が異なっていたが、いづれもカルティエというメゾンの美学を感じた。

ルイ・カルティエ(1875-1942)は宝飾の歴史において重要な役割を担う。
ジュエリーの素材にプラチナをつかったのは彼が初めてである。
それまで蝋燭の明かりに最も美しく映えるといわれていたのは銀。
しかし時代とともに蝋燭から電気へと変っていく。
そこでルイ・カルティエは電気の光に映え、軽くて丈夫なプラチナにいちはやく目をつけた。

その彼に1933年にパリ本店のハイジュエリー部門を任されたのがジャンヌ・トゥーサン。
彼女もカルティエに大きな変革をもたらした。
パリで初めてパンテール・・・豹の毛皮を着て街を闊歩したのが、ジャンヌ・トゥーサン。
彼女はルイにパンテールというニックネームで呼ばれていた。
時代の先端をいく強烈な個性を持つ女性で、当時の人々には驚きの存在だった。

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  Jeanne Toussaint (1887-1978)   Le duc et la duchesse de Windsor


そのジャンヌ・トゥーサンにとってジュエリー愛好家としても知られるウィンザー
公爵夫人は意欲を掻き立てられる存在だった。
あまりにも有名なパンテールを従えた152.35ctのサファイヤ のブローチは
トゥーサンが ウィンザー公爵夫人のためにつくった。
鮮やかなサファイヤのブルーはウィンザー公爵夫人の目の色、そのまま。
神々しいまでの美しさである。
 

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                           Panthère Brooch by Cartier (1949)

第二次世界大戦でパリがドイツ軍に占領された最中でもトゥーサンは豊かな想像力と知性でルイから全幅の信頼を寄せられていた。
そしてトゥーサンは時代とともに変化する女性の立場をジュエリーに反映させていく。
働く女性が欲する実用品を中心に機能的でスタイリッシュな作品をつくりだして、新たな客層を開拓して いくのである。
その後も「トゥーサン趣味」と呼ばれる感受性豊かな傑作を次々とうみだしていく。

ジャンヌ・トゥーサンは90歳までカルティエ・パリ本店の執務室でメゾンを支えていた。
ルイ亡き後、執務室の窓からパリの街並みを見るトゥーサンの後姿が目に浮かぶ。
その執務室は今も殆どその姿のままでVIPルームとしてつかわれているそうだ。
                             

投稿者 poerahi | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)